エピ2追加愚考

 報恩抄に戻ろうと思ってましたが、エピ2の追加愚考を書いておきます^^

何故あの不空が、「唯(ただ)真言だけが即身成仏できる」「(真言以外の)諸教の中には欠けていて書いていない」などというデタラメを言うに到ったかは、【不空】があのエピ1の善無畏(ぜんむい)や一行阿闍梨(いちぎょうあじゃり)が本来の権教としての大日経をそのまま渡らせたら誰も信仰しないことを感じとり、捏造して経の意味を書き換えて渡らせたのと同じように、自分の渡らせた真言関係の経に愛着があり、また、当時の目の上のたんこぶである天台大師の優れた釈があるために、嫉妬を抱き、不空はこのような書き換えをして本来の仏教をねじ曲げてしまったのです。(怒)



(続く^^)



追加愚考続き

(愚考続き^^)

(1007頁17行目)に、
「此(こ)れ ヒトエに修羅根性(しゅらこんじょう)の法門なり」
と大聖人は不空の『菩提心論』のことをこう仰っています。

そして天台の釈を述べておられます。
「天台智者大師の文句(もんぐ)の九に寿量品の心を釈して云(いわ)く
『仏(ほとけ)三世(さんぜ)に於(おい)て等(ひと)しく三身(さんじん)有(あ)り 諸教(しょきょう)の中に於て之(これ)を秘(ひ)して伝(つた)えず』
と かかれて候、
此れこそ即身成仏の明文にては候へ、」
(天台は寿量品の心(寿量品で言おうとしていること)を釈しておられます。
『仏は永遠の生命が一切衆生に等しく具わっている。【有り】と言っている。(法華経の寿量品以外の)諸教では、これを秘して伝えていない。』と書かれています。
これこそが(法華経寿量品で明かされている一切衆生の)即身成仏の明確な文釈であります。)

と述べられています。^^

この天台の釈を【不空】は揉み消そうとして、言い方を天台に真似て、「唯(ただ)真言が即身成仏できる」と限定して仏意をねじ曲げ、「(真言以外の)諸教には欠(か)けている」と根拠の無い捏造釈の『菩提心論(ぼだいしんろん)』を造ったのです。((怒))
そして、「法華経こそが妙にて候へと申す釈なり」と把握されている竜樹菩薩の名前を持ち出したのも、天台が竜樹の大論(鳩摩羅什 訳)を参考にしているのに対抗して、不空は愛着ある真言関係の経に信憑性をもたらす為だけに、「この『菩提心論』は竜樹が説いたものだ」と でっち上げをはたらいたのです。((怒))

「不空三蔵此の釈を【消さんが為に】事を竜樹に依(よ)せて」
(1008頁1行目)

不空は天台の釈を揉み消してしまおうと思い、竜樹の名前を利用したと大聖人は見抜いておられます。

(【消さんが為に】
って、知らずに菩提心論の間違い釈を造ったんじゃないですな!
【消さんが為に】
って、完全に悪意ありですな!(怒))

「僻事(ひがごと)の起り此れなり」
(1006頁2行目)

この不空の『菩提心論』から日本の真言宗関係がむちゃくちゃになりだしたと、起こりだと大聖人は警鐘を鳴らされております。




(すいません^^
ようやく
報恩抄愚釈へ続く^^)






報恩抄愚釈90

(「されば釈迦如来・天台大師・妙楽大師・伝教大師の
【御心】
は一同に 大日経等の 一切経の中には
【法華経】
は すぐ(勝)れたり という事は 分明なり、
又 真言宗の元祖という 竜樹(りゅうじゅ)菩薩の
【御心】も かくのごとし、『大智度論(だいちどろん)』を能(よ)く能く尋(たず)ぬるならば
【此の事】分明なるべきを
不空が あやまれる『菩提心論(ぼだいしんろん)』に
皆人(みなびと)
ばか(欺)されて
【此の事】
に迷惑せるか。」…)



(報恩抄愚釈続き^^)
(305頁5行目〜)

 また、石淵(いわぶち)の勤操僧正(ごんそうそうじょう?)という人のお弟子さんで
【空海(くうかい)】という人がいてます。
のちには、
【弘法大師(こうぼうだいし)】と名乗られました。




((-_-)また変わったやつ出てきたで!)




(続く^^)













報恩抄愚釈91

(愚釈つづき^^)
(305頁5行目〜)

【空海(弘法大師)くうかい(こうぼうだいし)】は、
延暦(えんりゃく)23年5月12日に中国へ渡られる。
そして金剛智三蔵(こんごうちさんぞう)・善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)
という二人の三蔵の第三のお弟子さんである
【慧果和尚(けいかわじょう?けいかおしょう?)】という人から、
『※両界』
(※金剛界・胎蔵界という真言宗関係の教え)
を伝授された。



(…^^なんかもう、この時点で、あの『エピ2不空』の師匠に当たる『金剛智』と、あの『エピ1善無畏』の流れを汲んだ【教え】をそのまま引き継いでるという時点で、ろくでもないもん伝授されましてんな(爆)^^
ほんまに鵜呑み恐るべしですな!)



(続く^^)



報恩抄愚釈92

(愚釈つづき^^)
(305頁6行目〜)

(弘法大師は)大同(だいどう) 2年10月22日に日本に帰国される。
平城(へいぜい)天王の時代のことである。


(続く^^)

(∵)【余談】
(※この報恩抄では【伝教大師】は「延暦23年7月御入唐」で「延暦24年6月に帰朝」と書かれてますので、11カ月間。約1年間近く行ってたとのことですね。
【弘法大師】は「延暦23年5月12日に御入唐」「大同2年10月22日に御帰朝」と書かれてます。延暦25年と大同元年がかぶってる年で、5月18日〜大同という年号とのことです。なので、約3年と5カ月の間ということになりますね。
二人の行ってた時期がかぶってます。
伝教大師のほうが弘法大師の少し後から唐へ渡り、弘法よりも先に帰国したことになりますね。^^)



現代語訳

 2011年10月15日付けの聖教新聞の一面にて、
「池田名誉会長が監修 教学部編
御書五大部の【現代語訳】
『大白蓮華』で連載開始」
との妙報あり。
「人類の『希望の経典(きょうてん)』御書。御書には、万人が幸福の人生を勝ち開くための方途(ほうと)が説(と)き明かされている。
この御書の真髄(しんずい)を、現代の人々に、どうわかりやすく伝えていくか。社会へ、世界へ、生きた言葉として、どう展開していくか。
広宣流布の未来を展望した時、御書の各言語への翻訳(ほんやく)とともに、平易(へいい)な言葉で理解するための【現代語訳】が重要な課題となっている。
このほど、池田名誉会長の監修(かんしゅう)のもと、教学部編による御書五大部の【現代語訳】を『大白蓮華(だいびゃくれんげ)』で連載していくことが決まった。」

とのことです。


※大白蓮華に報恩抄の現代語訳が始まり次第、そちらの学習に切り替えさせて頂きます。









フランス語版「御書」が完成

 2011年10月19日付け聖教新聞の一面に、「フランス語版『御書』が完成」
との妙報あり。
「欧州広布50周年の佳節を記念し完成した。」

とのことです。



えらい時代やなぁ!
と思いました。^^





報恩抄愚釈93

(愚釈続き^^)
(305頁7行目〜)

【桓武(かんむ)天王】は御崩御(ごほうぎょ)(死去しきょ)される。


(つづく^^)



(∵)
(【余談】
あの【伝教大師】が高雄(たかお)寺にて、七大寺から蜂や烏の大群のごとく集まってきた各宗教の偉いさんらの前で、【法華最勝】を宣揚した際の立会人になられた天皇ですね。
本門じゃなく迹門時限の像法時代の【法華経】ですが、法華経流布の歴史上の関わりを持たれた天皇ですので、不思議な使命の方だと思います^^
ご冥福をお祈り致します。)



報恩抄愚釈94

(弘法大師は中国に渡り慧果(けいか)という人に真言宗関係の教えを習い、日本に帰国。平城(へいぜい)天王の時代である。桓武(かんむ)天王は亡くなられたので、平城天王の時代に移り変わる。………)

(愚釈93の続き^^)
(305頁7行目〜)


(弘法大師は)『平城天王に見参(けんざん)し 御用(おんもち)いありて御帰依(ごきえ)・』
弘法大師は平城天王に会われて 採用されて 帰依された。


(つづく^^)


(∵)
(【所感】
なんか平城天王いう人は、えらいアッサリと弘法のことを受け入れて信用しましてんなぁ……。
ただ、中国から帰って来た僧侶いうだけで、アッサリと「あ〜偉い僧侶や!」って信用しましたんかなぁ……。
宗教の内容も確認・吟味もせずに弘法に丸投げで一任した感がプンプンしますわ。
(-_-;)

なんかふにおちんなぁ〜!
捏造教を鵜呑みにした坊主をそのまま鵜呑みにして、アッサリとたぶらかされすぎやろ!((怒)) )








報恩抄愚釈95

(つづき^^)
(305頁7行目〜)


『他に ことなりしかども』
通常と違って

『平城(へいぜい) ほどもなく 嵯峨(さが)に 世を とられ』
平城天皇は、わずかの在位期間で、嵯峨天皇に世を取られた。嵯峨天皇の時代となった。


(つづく^^)




(∵)
(【余談】
桓武天皇と平城天皇は父と子の関係とのことです。
平城天皇と嵯峨天皇は兄と弟の関係とのことです。
『他にことなりしかども』
とか
『平城ほどもなく』
とかは、桓武天皇は在位期間が約25年程だったとのことです。
平城天皇は約3年程の短期だったとのことです。
そして嵯峨天皇の時代になったとのことです。
複雑な皇族事情があったようですが……詳しい事情は知りません(笑)(∵)
^^)



報恩抄愚釈96

(つづき^^)
(305頁8行目〜)


『嵯峨(さが)に 世(よ)を とられさせ給(たま)いしかば 弘法 ひき入(い)れてありし程(ほど)に』

嵯峨天皇の在位時代になって、弘法大師のことを(平城天皇が採用して帰依したことを、同じく、そのまま引き継いで)引き入れて採用した。


(つづく^^)



(∵)
(【所感】
皇族事情のゴタゴタは詳しくは知りませんが、いろいろあったわりには、弘法のことをそのまま引き継いだって……そら、まさか、もともと実の生命の教え(法華経)を権(か)りに説いた経(本来の方等部の大日経)を書き換えたもの(捏造した大日経)を教えられて、それを鵜呑みにした坊主(弘法)をそのまま鵜呑みに信じて採用して(平城天王)、それをそのまま自分(嵯峨天王)も鵜呑みにして引き継いで引き入れて採用するって夢にも思ってませんねやろな(爆)

亡国の因を引き継ぎすぎやろ!(爆)

宗教をファッション感覚的な捉え方してるんとちゃうんかなぁと思ってしまいますわ(∵)
^^)




報恩抄愚釈97

(愚釈つづき^^)
(305頁8行目〜)

『伝教大師は 嵯峨天王の 弘仁十三年 六月四日 御入滅、』

【伝教大師】は、嵯峨天皇(の在位期間中)の、弘仁13年6月4日に御入滅。逝去される。

(つづく^^)



(∵)
(【余談】

このタイミングで伝教大師さんが逝去されました。(∵)

釈尊は『大集経』という経のなかで、【時(とき)】と時代様相の関係性を釈尊が入滅されて以降500年単位で変化していくであろう と予言された経があるとのことです。(∵)

天台大師さんは第3の500年の
『読誦多聞堅固(どくじゅたもんけんご)』の【時(とき)】に当たる人で、

この伝教大師さんは第4の500年の
『多造塔寺堅固(たぞうとうじけんご)』の時代の【時(とき)】に当たる人とのことです。(∵)

大聖人は、『本因妙抄』(870頁)で、
『本因妙の行者日蓮』との立場から、
『予が外用(げゆう)の師・伝教大師』と記されている御書もあるとのことです。(∵)

この『報恩抄』のこの時点では、伝教大師さんは、一切経は法華経を説く為にあったという【法華最勝】の確証を掴んでおられ、嵯峨天王は、いい教えと聞くならどんな経でも取り入れようという姿勢が見受けられます。(∵)
この時点では、日本国には7宗教存在していることになります。(∵)

ともかく、
この時点での、
【像法時代の後半の法華経の正師
という立場の伝教大師】さん
法華宣揚ありがとうございました。
お疲れ様でした。^^/)

(つづく^^)





報恩抄愚釈98

(伝教大師さんは嵯峨(さが)天王の在位期間中の
弘仁13年6月4日に御入滅。御逝去される。…)

(愚釈97のつづき(∵))
(305頁9行目〜)


同じき(嵯峨天王の在位期間中の)
弘仁14年より
【弘法(こうぼう)大師】が、嵯峨天王の師匠となって、
【真言宗(しんごんしゅう)】を立ち上げて、
『※東寺(とうじ)を給(たまい)』

(※【備考】
『東寺』とは京都市にある真言宗東寺派の総本山とのことです。
嵯峨天王が弘法大師に賜(たま)わった寺とのことです。
寺自体建てられたのは、延暦(えんりゃく)15年とのことです。
……なので、
弘法大師も伝教大師も二人共まだ唐(中国)へ渡られる以前に建立してた寺院であり、
『給(たまい)』
ってなっているところを見ると、
以前からあった寺院の所有の権限を嵯峨天王から与えられた、賜わった。
ということになりますね。(∵) )

真言和尚(しんごんおしょう・しんごんわじょう)と名乗り、
これより、
【8宗】(日本国8宗目の宗教が)始まった。




((∵)【所感】
伝教大師さん亡くなって、その翌年に弘法が真言宗を立ち上げたって
弘法の計画臭プンプンするなぁ!
弘法も嵯峨天王も綺麗にタブラカされたまま『正直捨方便』じゃなく、『正直捨実経』しましてんな(∵)
(/--)/
((怒))((怒))((怒)))




(つづく^^)








報恩抄愚釈99

(愚釈つづき^^)
(305頁10行目〜)


【弘法(こうぼう)】が、
釈尊一代で説かれた経々の勝劣問題の順位を、弘法なりに判断して言うには、
「第1番目に勝れているのは、
『真言大日経』だ!(-_-)。
第2番目は、
『華厳経』だ!(-_-)。
そして、第3番目が、
『法華経や涅槃経など』だ!(-_-)。
云云(うんぬん)(-_-)。」

と言っている。


(つづく)



(`´ 『真言大日経』は、あの善無畏(ぜんむい)・金剛智(こんごうち)・不空(ふくう)らが本来の権経としての『大日経』を【捏造】したもの!
それを弘法が鵜呑みにして騙されてるだけ!(怒)`´
『華厳経』は、法蔵法師(ほうぞうほっし)のオッサンが天台に破折されたハライセに書き換えた『新訳華厳経』やで!`´(怒)
それをまた、弘法が鵜呑みにして騙されてタブらかされてるだけ!`´(怒)
コロッと騙されてるぞ!弘法!(怒)`´)



(つづく^^)




報恩抄愚釈100

(愚釈つづき^^)
(305頁10行目下のほう〜)


(【弘法(こうぼう)】の言い分が続きます。)

「『法華経』は、『阿含(あごん)経』や『方等(ほうどう)経』や『般若(はんにゃ)経』に対したら、ま〜真実の経かも知れんけど、『華厳(けごん)経』や『大日経』から見れば(法華経は)『※戯論(けろん)』の法だ!(-_-)」

と言っています。

(※【備考】
『戯論(けろん)』の『戯(け)』
って国語辞典で調べたら、『たわけた。ふざけた。バカげた。』とのことです。
なので弘法は【法華経】のことを、たわけ呼ばわり・ふざけ呼ばわり・バカ呼ばわりしています。(怒)`´)


(【破折●∠●】
弘法は善無畏や一行アジャリらが捏造した経を吟味せずに鵜呑みにして騙されてそのまま受け売り主張をしているにすぎない。
そもそも本来の大日経は方等部(ほうどうぶ)の経であり、大乗経を権(か)りに説かれた権大乗教の教えである。
そして、本来の華厳経も大日経も釈尊自身が無量義経(むりょうぎきょう)において、『四十余年。未顕真実。(四十余年には未だ真実を顕さず)』と述べられている四十余年の内に説かれた教えである。
そして、
『正直捨方便(しょうじきしゃほうべん)
但説無上道(たんぜつむじょうどう)』
(正直(しょうじき)に方便(ほうべん)を捨(す)てて 但(ただ)無上道(むじょうどう)を説(と)く)
と明かされている経こそが
『法華経』であります。
\(^o^)/)




(つづく^^)







報恩抄愚釈101

(【弘法(こうぼう)】の言い分が続きます。)
(305頁11行目〜)

「教主釈尊は 仏なれども 大日如来に向うれば 無明(むみょう)の辺域(へんいき) と申して 皇帝と俘囚(えびす) との如し、」

教主(きょうしゅ・おしえぬし)の釈尊は仏だけれども、大日如来からすれば比べ物にならないくらい劣っていて、皇帝と※俘囚(えびす)ほどの違いがあるようなものだ。(-_-)

(【※備考】
『俘囚(えびす)』
って国語辞典で調べたら載ってなかったので、
『俘』で調べてみたら、『とりこ』とのことです。
『囚』で調べてみたら、『とらわれ』とのことです。
なので『捕虜(ほりょ)』とか『囚人(しゅうじん)』とかの意味合いになりますね。(∵) )


((怒)(`´)一切経の説き主の釈尊をけなして、なんで、借りに説いた権経の『例(たと)え仏(ぶつ)』崇めとんねん!(怒)`´
アホちゃうか!(怒)`´

ほんでまた これ 善無畏と一行アジャリが造り替えた捏造経の教えのまんま(笑) そのまま ゆうてるだけやな!`´

法華経けなした次は釈尊までけなして むちゃくちゃやなぁ(怒)`´クソ弘法!)




(つづく^^)




報恩抄愚釈102

(【弘法(こうぼう)】の言い分が更に続きます。)

(305頁12行目〜)

「天台大師は盗人(ぬすびと)なり 真言の醍醐(だいご)を盗んで 法華経を醍醐 という」

天台大師はドロボーだ(-_-)。
真言宗の醍醐(牛や羊の乳から精製して作った栄養分の一番良いところという意味で、ここでは【一念三千の法理】のことを指している)を盗み取って、法華経に盗み入れて、法華経を醍醐だと勝手に言っている(-_-)。



(`´)(怒)
(ドロボーはそっちやろ!弘法!
天台大師亡くなられてから100年程後から真言宗関係の教えがインドから中国に渡ってきてんやろ!`´(怒)

まだ無い時点で盗みようが無いやろ(爆)^^

どう考えても真言宗関係の輩が盗んでるで!(笑)^^

法華経は けなすわ、釈尊は けなすわ、天台はけなすわ、むちゃくちゃやなぁ(怒)

弘法の時代において、その当時の仏・法・僧に当たるのを全部けなしてるで!`´

思想の鵜呑み
恐るべしやなぁ
ほんまに!)




(つづく^^)









正義

 創価学会創立81周年『創立記念日』。
大変おめでとうございます。
万歳!
\(^o^)/
更なる精進行に尽力してまいります。

再び

 生まれた時点で、その方は、
妙法に もとづき 生きてゆき、
妙法に もとづき 死んでいく ことが、決定している生命体である。

 亡くなられた時点で、その方は、
妙法に もとづき 再び 生まれ、
妙法に もとづき 死んでいく ことが、決定している生命体である。

三世十方に亘り、
すでに 今も 未来も、
妙法に もとづいた生命体である。


強盛なる信心
頑張ります。
^^/



報恩抄愚釈103

(時代アッチ行きコッチ行きしてすいません(笑)^^;)

(愚釈102の続き^^)
(305頁13行目〜)

「なんど かかれしかば 法華経は いみじ と をもへども 弘法大師に あひぬれば 物の かずにも あらず、」

(弘法が言っている法華経や釈尊や天台の悪口)などと書かれて主張しているので、いくら『法華経』は尊い経だと思っていても、【弘法(こうぼう)】の扱いに掛かれば物以下ゴミみたいな扱いをしている。`´

「天竺の 外(げ)道 は さて置きぬ 漢土の南北が 法華経は 涅槃経に対すれば 邪見の経 と いゐし にも すぐれ 」

インドの外道は(そもそも内道の仏教じゃないので、比べて今更言うまでもないことなので、)ここでは置いておくが、
中国の(法雲法師を支持していたあの)南三北七の者たちが『法華経』のことを、『涅槃経』に比べたら、邪見の経だと言って(法華経を下げた)言い分よりも(弘法の扱いは)酷い扱いであり、

「華厳(けごん)宗が 法華経は 華厳経に対すれば 枝末教(しまつきょう)と 申せし にも こへたり、」

(法蔵法師らの)華厳宗の者たちが、『法華経』は『華厳経』からすれば、枝葉の教えであって根本の教えじゃない と言って けなした扱いをした以上に酷い扱いを(弘法は)している。`´(怒)




(つづく^^)





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