報恩抄愚釈114

(慈覚物語(笑)は続きます……)

(つづき^^)
(306頁7行目〜)

「御祈請(きせい)ありき・かくは造りて候へども仏意計りがたし
大日の三部や すぐれたる 法華経の三部や まされる と 御祈念 有りしかば」

(慈覚は『大日如来』に) 祈りました。
このような【ジョ】を私(慈覚)は造ったが、はたして仏意に叶っているものなのか計りがたいところである。
そこで、
大日経側の教えが勝れているのか?
それとも、
法華経側の教えが勝れているのか?
いったい、
どちらが勝れているんだ?
と祈ってみたところ(-_-)……


「五日(いつか)と申す 五更(ごこう)に 忽(たちまち)に 夢想(むそう)あり、」

祈りはじめてから、5日目の
※五更(ごこう)
(※【備考】五更を国語辞典で調べたら、
(1)昔、日没から日の出までを五等分した時刻の総称。
(2)昔の時刻の名。今の午前3時ごろから5時ごろの間。寅(とら)の刻。
とのことです^^)

に、
たちまちに、夢を見た!(-_-)……


その夢とは!……
ホワッ ホワッ ホワッ ホワワワ〜ン
(つづく)



(あ〜エエとこで(笑)^^)



【愚感】
(∵)
(『法華経』という一切経の根本の【法】に依った伝教大師をそっちのけにして、捏造邪義の善無畏という【人】師を根本にして依っている時点で、判断間違うてるど!慈覚!`´/(怒))



(つづく^^)




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