報恩抄愚釈112

(※慈覚が【ジョ(慈覚なりにまとめた解釈書物)】を造った当時の情況場面が続きます。)

(つづき^^)
(306頁5行目〜)

「然れども 我が心に猶(なお) 不審(ふしん)や のこりけん」

しかしそれでも、
わが心(慈覚の心の内に) まだ ひっかかり が残っている…(-_-)。


((∵)お!正気に戻るんか!?)


「又 心には とけ(解)てん けれども 人の不審(ふしん)を はらさん とや ・ おぼしけん、」

また、心では解(わか)っているんだが、人々の疑いを晴らしてみよう!と思い立った(-_-)。


((∵)…って ほんまかよ!(笑)
根源的に捏造経にだまされて、タブらかされてるのに、
それを なんぼ磨いても、
だまされてる輝きしか出てけーへんやろ!((爆))
普通に考えても!(笑)^^
アカンで!アカンで!アホちゃうか!(笑)^^)




(つづく^^)




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