報恩抄愚釈108

(つづき^^)
(305頁17行目下のほう〜)

「【慈覚大師】は 去(い)ぬる承和五年に御入唐・」

(伝教大師の弟子の)【慈覚(じかく)大師】は、さる承和5年の年に中国へ渡られました。

「漢土にして 十年が間・天台・真言 の二宗 を ならう、」

中国において(約)10年間にわたって、『天台の教え』と『真言の教え』の二宗教をそれぞれ習いました。

「法華・大日経の勝劣を習いしに
法全(ほつぜん)・元政(げんじょう)等の八人の真言師には 法華経と大日経は理同事勝(りどうじしょう)等 云云、」

『法華経』と『大日経』の勝劣問題を習うにあたって、
まず 法全(ほつぜん)や元政(げんじょう)らの8人の真言の教師の方々からは、
『法華経と大日経の勝劣関係は理では同じだが、事では(大日経が)勝(すぐ)れているんだ』
と習いました。

「天台宗の 志遠・広修・維ケン(ゆいけん)等に習いしには 大日経は方等(ほうどう)部の摂(しょう)等 云云、」

いっぽう天台宗の志遠(しおん?しえん?)や広修(こうしゅう?)や維ケン(ゆいけん)ら といった(天台宗の教師の)方々からは、
『大日経というは(釈迦仏が説いた教えで、衆生が仏の教えを受け入れやすくするために、機根を整(ととの)えるために、仏が権(か)りに設(もう)けた権大乗教(ごんだいじょうきょう)というジャンルに属する教えであって、順々に設けたジャンルのなかの)方等部(ほうどうぶ)というジャンルの教えです。』
と習いました。


(つづく^^)



(∵)
(師匠の伝教大師とおんなじように、中国へ渡られて確認しに行きましてんな^^)

(こんがらがらんといてや。慈覚さん(笑)
ちゃんと末法に渡してや。(願)^^)


(つづく^^)



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