報恩抄愚釈103

(時代アッチ行きコッチ行きしてすいません(笑)^^;)

(愚釈102の続き^^)
(305頁13行目〜)

「なんど かかれしかば 法華経は いみじ と をもへども 弘法大師に あひぬれば 物の かずにも あらず、」

(弘法が言っている法華経や釈尊や天台の悪口)などと書かれて主張しているので、いくら『法華経』は尊い経だと思っていても、【弘法(こうぼう)】の扱いに掛かれば物以下ゴミみたいな扱いをしている。`´

「天竺の 外(げ)道 は さて置きぬ 漢土の南北が 法華経は 涅槃経に対すれば 邪見の経 と いゐし にも すぐれ 」

インドの外道は(そもそも内道の仏教じゃないので、比べて今更言うまでもないことなので、)ここでは置いておくが、
中国の(法雲法師を支持していたあの)南三北七の者たちが『法華経』のことを、『涅槃経』に比べたら、邪見の経だと言って(法華経を下げた)言い分よりも(弘法の扱いは)酷い扱いであり、

「華厳(けごん)宗が 法華経は 華厳経に対すれば 枝末教(しまつきょう)と 申せし にも こへたり、」

(法蔵法師らの)華厳宗の者たちが、『法華経』は『華厳経』からすれば、枝葉の教えであって根本の教えじゃない と言って けなした扱いをした以上に酷い扱いを(弘法は)している。`´(怒)




(つづく^^)





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