報恩抄愚釈97

(愚釈つづき^^)
(305頁8行目〜)

『伝教大師は 嵯峨天王の 弘仁十三年 六月四日 御入滅、』

【伝教大師】は、嵯峨天皇(の在位期間中)の、弘仁13年6月4日に御入滅。逝去される。

(つづく^^)



(∵)
(【余談】

このタイミングで伝教大師さんが逝去されました。(∵)

釈尊は『大集経』という経のなかで、【時(とき)】と時代様相の関係性を釈尊が入滅されて以降500年単位で変化していくであろう と予言された経があるとのことです。(∵)

天台大師さんは第3の500年の
『読誦多聞堅固(どくじゅたもんけんご)』の【時(とき)】に当たる人で、

この伝教大師さんは第4の500年の
『多造塔寺堅固(たぞうとうじけんご)』の時代の【時(とき)】に当たる人とのことです。(∵)

大聖人は、『本因妙抄』(870頁)で、
『本因妙の行者日蓮』との立場から、
『予が外用(げゆう)の師・伝教大師』と記されている御書もあるとのことです。(∵)

この『報恩抄』のこの時点では、伝教大師さんは、一切経は法華経を説く為にあったという【法華最勝】の確証を掴んでおられ、嵯峨天王は、いい教えと聞くならどんな経でも取り入れようという姿勢が見受けられます。(∵)
この時点では、日本国には7宗教存在していることになります。(∵)

ともかく、
この時点での、
【像法時代の後半の法華経の正師
という立場の伝教大師】さん
法華宣揚ありがとうございました。
お疲れ様でした。^^/)

(つづく^^)





コメント


トラックバック

↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。