報恩抄愚釈95

(つづき^^)
(305頁7行目〜)


『他に ことなりしかども』
通常と違って

『平城(へいぜい) ほどもなく 嵯峨(さが)に 世を とられ』
平城天皇は、わずかの在位期間で、嵯峨天皇に世を取られた。嵯峨天皇の時代となった。


(つづく^^)




(∵)
(【余談】
桓武天皇と平城天皇は父と子の関係とのことです。
平城天皇と嵯峨天皇は兄と弟の関係とのことです。
『他にことなりしかども』
とか
『平城ほどもなく』
とかは、桓武天皇は在位期間が約25年程だったとのことです。
平城天皇は約3年程の短期だったとのことです。
そして嵯峨天皇の時代になったとのことです。
複雑な皇族事情があったようですが……詳しい事情は知りません(笑)(∵)
^^)



コメント

通りすがり #2kbNzpR6

これはですね、平城天皇は生来病弱で、即位してすぐ病状が悪化し、弟の神野親王(嵯峨天皇)に譲位した為、期間が短いんです。

平城天皇の病気は早良親王の呪いだとかで、これまた平安時代によくある話です。(だから陰陽師が活躍したり)

2012年05月15日(火) 06時39分 | URL | 編集

赤ポス #-

通りすがりさんへ

コメントありがとうございます。^^
なるほど。病気関連の事情がありましてんな。
わざわざ教えて頂きありがとうございます。謎が一つとけました。勉強になります。(感謝)
m(__)m
^^

2012年05月15日(火) 07時27分 | URL | 編集


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