エピソード2(12)

(続き^^)
(1007頁14行目〜)


「されば此の菩提心論の【唯】の文字は設(たと)い竜樹の論なりとも不空の【私の言】なり」
なので、この『菩提心論』のなかで記さている【唯(ただ)】という文字は、たとえ竜樹の論だと主張したとしても、(竜樹の言葉ではなくて)【不空が勝手に書き換えた私の言葉だ!】


「何(いか)に況(いわん)や次下に『諸教の中に於(おい)て闕(か)いて書せず』と・かかれて候・存外のあやまりなり。」
さらに突っ込んでいえば(この菩提心論の【唯】の文字が添えてある次の文章には)
『諸教の中において闕(か)いて書せず』と(間違った解釈を)書き記しているではないか!
【備考】
(『闕(か)いて』とは国語辞典で調べたら『欠(か)けて』という意味合いとのことです。^^)

(^^欠けて
って言葉は多くの釈尊の弟子達が成仏を遂げていく内容が綴られている法華経を理解していない証拠であり、爾前の教えの『真言』のほうに根拠のない【唯(ただ)】という文字を当ててることもとんでもない間違いですな(怒)^^#)

もってのほかのアヤマリだ!

(『存外』って大聖人が仰っています。普通のアヤマリのレベルじゃないということですな^^
そら、本筋っていうか大綱っていうか釈尊の意向の大事なところの、諸教は権(かり)の教えで、法華経が実(じつ)の教えという根幹をたぶらかす不空の造り言葉なので、大聖人も特にお怒りになってるんだと思いますわ。^^#
だから、『存外』ってむちゃくちゃさを嘆かれて、もってのほかのアヤマリだ!と仰ってるんだと思います。^^#)

不空のアホ!(笑)^^






(続く^^)





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