愚釈エピソード2(9)

(エピ2(8)の続き^^)
(1007頁8行目〜)


「羅什(らじゅう)は舌やけず不空は舌やけぬ、」
(※羅什三蔵は自分が死んで、舌が焼けたら、わが訳経を捨てよといったが、その予言どおりに、舌のみ焼けなかった。とのことです。^^)

(∈☆☆☆☆☆)

羅什は死後舌が焼けなかった。
(一方、)不空は舌が焼けた。


「妄語はやけ実語はやけぬ事顕然(けんねん)なり、」
妄語(の不空)は(舌が)焼けて、実語(の羅什)は(舌が)焼けなかった。
という事(現証)がハッキリとしています。


「月支より漢土へ経論わたす人一百七十六人なり」
インドから中国へ経論を渡らせた人が176人いてます。


「其の中に羅什一人計(ばか)りこそ教主釈尊の経文に私の言入れぬ人にては候へ、」
その中で、羅什三蔵一人だけが教主釈尊の経文に対して自分勝手な私情を挟まずに、ストレートに釈尊の意向を渡らせた方です。


「一百七十五人の中・羅什より先後・一百六十四人は羅什の智をもつて知り候べし、羅什来らせ給いて前後一百六十四人がアヤマリも顕れ新訳の十一人がアヤマリも顕れ又こざかしくなりて候も羅什の故なり、」
175人のうち、(旧訳者)の164人は羅什の智慧と(比べてみれば、間違いか間違いじゃないのかを)知ることができます。
羅什という存在が出現して、それ以外の(旧訳者の)164人のアヤマリのところもハッキリして、新訳者の11人のアヤマリのところもハッキリしました。
又、(羅什以外の訳者が)ズル賢くなったのも、羅什という正しき訳者の存在があった故のことです。



(※^^いろいろ訳者の人数が、出てきますが、『撰時抄』(268頁13行目)には、『総(そう)じて月支より漢土に経論をわたす人・旧訳(くやく)・新訳に【一百八十六人】なり羅什三蔵一人を除(のぞ)いてはいづれの人人もアヤマらざるはなし、其の中に不空三蔵は殊(こと)にアヤマリ多き上(うえ)誑惑(おうわく)の心顕(あらわ)なり、』
と認(したた)められています。

186人とか176人とか訳者人数のバラツキがありますが、ここでの大聖人の主張は、多くの訳者がいてたが、羅什一人だけが正しき訳者である という意向が表に来ているので、僕も、細かい人数のズレにこだわらずに、『義に依って語に依らざれ』の意向を汲んで、羅什三蔵という素晴らしい訳者がおられたんだ。と、受け取らさせて頂きます。^^/)




(続く^^)





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