エピソ2(7)

(エピソ2(6)の続き^^)
(1007頁1行目〜)

「但し大論は竜樹の論たる事は自他あらそう事なし、」
ただし、大論(大智度論)は竜樹菩薩が述べている論だ ということは自他(万人)揉め事なく、(皆、認めている事であります。)

「菩提心論は竜樹の論・不空の論と申すあらそい有り」
(一方、)菩提心論のほうは、
『これは竜樹の論である!』
いいや!
『不空の論である!』
といった、争い事・揉め事が起こっていると聞きます。

「此れはいかにも候へ・さてをき候ぬ、」
こういった言い争いが起こっているのは、『いかにも』という理由があるのですが、無意味な罵りあいは控えておきましょう。

「但不審なる事は大論の心ならば即身成仏は法華経に限るべし文と道理きわまれり、」
ただし、『不審なる』見過ごすことの出来ない引っ掛かりを覚える事は、
『大智度論』の言いぶんでは、即身成仏は【法華経に限る】と文証もしっかりしていて、(弟子達が続々と成仏していくことを綴っている内容的なことから言っても、)理証・道理・筋道がハッキリしていて極まっております。

「菩提心論が竜樹の論とは申すとも大論にそむいて真言の即身成仏を立つる上【唯】の一字は強(つよし)と見へて候、」
(一方、)『菩提心論』のほうは、(たとえ)『竜樹の書論だ!』 と主張してみたところで、『大智度論』で述べられている内容に『そむいて』『真言の即身成仏』を勝手に立てて主張しているではないか!
しかも、
【唯(ただ)】という一字を書いているのは、強調している訴えと見受けられるが、

「何(いずれ)の経文に依りて【唯】の一字をば置いて法華経をば破し候いけるぞ証文尋ぬべし、」
どの経文を根拠にして【唯】という一字を勝手に置いて強調して、(大智度論のほうではちゃんと妙の極だと賛嘆している)【法華経】に対して傷を付けるような発言をされるのか!
確たる根拠となる『証文』がなければ信用出来ないご主張であります!





(``/そうだそうだ!)


(続く^^)





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