報恩抄愚釈84

(報恩抄愚釈83の続き^^)
(304頁13行目〜)

『而(しか)れども』
しかしそれでも、
『大事の』
伝教大師さん本人が大事な使命だと受け止めておられる、
『円(えん)頓(とん)の大乗別受戒の大戒壇』
【釈尊の仏教を経文根本に判別した天台大師による理の一念三千に基づく、法華迹門の戒壇】を、
『我が国に 立(たて)う 立(たて)じ の ジョウ論が わずらはしき に 依りて や』
自国・日本国に、「立てる!」いや「立てるべきではない!」の言い争いで、(伝教大師の本懐が果たせない危惧を抱かれ)
わずらわしく感じられて、
それで、
『「真言」と「天台」の二宗の勝劣は弟子にも分明に をしえ給(たま)わざりけるか』
それで、
「真言の教え」と「天台の教え」の2宗教の勝劣問題のことは、弟子たちにも、詳しくハッキリとは教えなかったのではないのだろうか。



(…(-_-;)んんん なるほど。
まぁ 確かにあの6宗と公場対決された時も、
伝教大師は「権経混ぜない法華のみ」の立場で、6宗側は「権経混じってても法理さえ理解したらエエ的な立場」でしたもんなぁ…
ズレたままで、弟子たちの理解の限界を判断されましたんかなぁ…(-_-;)
ただ、宗教に限らず、【だいたい エエやろな〜的なことは、必ず、後々に、大問題になったりしますな(笑)^^】)



(続く^^)



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報恩抄愚釈85

(愚釈84の続き^^)
※参照
ここのところは、

【撰時抄(276頁14行目〜)】では、
『入唐已後には円頓(えんどん)の戒場を 立てう 立てじ の論の計りなかりけるかの あひだ 敵 多くしては 戒場の一事 成りがたし とや をぼしめしけん、

【又
末法に せめさせん とや をぼしけん】』

伝教大師が中国へ経を習いに渡られて、そして日本へ帰ってきた以後は、法華迹門の戒壇を「立てる!」いや「立てるな!」の激論ばかりしてたら、逆に こじれて、敵が多くなってしまい、(伝教にとっては、肝心な問題である、)「戒壇を立てる」ことが難しくなってしまうと危惧されたのであろう。
【又、それとこの勝劣問題のほうは、末法の方々に責めて頂こう。】やっていただこう。と思われたのであろう。

って書かれてます。^^


(末法の方々は大変な責任与えられてますな。
末法の方々頑張って下さい。^^


…!(*@*)末法!
って伝教大師さん僕らに仕事回してますやんか!(爆)(^o^;)
はい。)

そして、
『皇帝の御前にしても論ぜさせ給はず 弟子等にも はかばかしく かたらせ給はず』

桓武天皇の前でも、この「真言」「天台」問題のことは、あの公場対決の時のようには、詳しく教えることなく、弟子たちにも、改まって大事なことだとは語らなかったのである。

と なってますわ。(^_^;)

……こじれて、オジャンになること嫌いましてんな^^;

……像法時代の限界近づいてきてますな^^/


(報恩抄の愚釈へ続く^^)



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