報恩抄愚釈84

(報恩抄愚釈83の続き^^)
(304頁13行目〜)

『而(しか)れども』
しかしそれでも、
『大事の』
伝教大師さん本人が大事な使命だと受け止めておられる、
『円(えん)頓(とん)の大乗別受戒の大戒壇』
【釈尊の仏教を経文根本に判別した天台大師による理の一念三千に基づく、法華迹門の戒壇】を、
『我が国に 立(たて)う 立(たて)じ の ジョウ論が わずらはしき に 依りて や』
自国・日本国に、「立てる!」いや「立てるべきではない!」の言い争いで、(伝教大師の本懐が果たせない危惧を抱かれ)
わずらわしく感じられて、
それで、
『「真言」と「天台」の二宗の勝劣は弟子にも分明に をしえ給(たま)わざりけるか』
それで、
「真言の教え」と「天台の教え」の2宗教の勝劣問題のことは、弟子たちにも、詳しくハッキリとは教えなかったのではないのだろうか。



(…(-_-;)んんん なるほど。
まぁ 確かにあの6宗と公場対決された時も、
伝教大師は「権経混ぜない法華のみ」の立場で、6宗側は「権経混じってても法理さえ理解したらエエ的な立場」でしたもんなぁ…
ズレたままで、弟子たちの理解の限界を判断されましたんかなぁ…(-_-;)
ただ、宗教に限らず、【だいたい エエやろな〜的なことは、必ず、後々に、大問題になったりしますな(笑)^^】)



(続く^^)



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報恩抄愚釈85

(愚釈84の続き^^)
※参照
ここのところは、

【撰時抄(276頁14行目〜)】では、
『入唐已後には円頓(えんどん)の戒場を 立てう 立てじ の論の計りなかりけるかの あひだ 敵 多くしては 戒場の一事 成りがたし とや をぼしめしけん、

【又
末法に せめさせん とや をぼしけん】』

伝教大師が中国へ経を習いに渡られて、そして日本へ帰ってきた以後は、法華迹門の戒壇を「立てる!」いや「立てるな!」の激論ばかりしてたら、逆に こじれて、敵が多くなってしまい、(伝教にとっては、肝心な問題である、)「戒壇を立てる」ことが難しくなってしまうと危惧されたのであろう。
【又、それとこの勝劣問題のほうは、末法の方々に責めて頂こう。】やっていただこう。と思われたのであろう。

って書かれてます。^^


(末法の方々は大変な責任与えられてますな。
末法の方々頑張って下さい。^^


…!(*@*)末法!
って伝教大師さん僕らに仕事回してますやんか!(爆)(^o^;)
はい。)

そして、
『皇帝の御前にしても論ぜさせ給はず 弟子等にも はかばかしく かたらせ給はず』

桓武天皇の前でも、この「真言」「天台」問題のことは、あの公場対決の時のようには、詳しく教えることなく、弟子たちにも、改まって大事なことだとは語らなかったのである。

と なってますわ。(^_^;)

……こじれて、オジャンになること嫌いましてんな^^;

……像法時代の限界近づいてきてますな^^/


(報恩抄の愚釈へ続く^^)



報恩抄愚釈86

(続き^^)
(304頁14行目〜)

 ただし、
【依憑集(えひょうしゅう)】
という伝教大師が書かれた書物には、まさしくハッキリと、『真言宗』は『法華天台宗』の正義である一念三千の法理を勝手に盗み取って、大日経の中に取り入れて、『理』は『同じ』だ と主張している。
ということは、
真言宗は理を勝手に盗んで【経】を勝手に書き換えること自体が、天台宗よりも劣っていることを認めていて、敬服しているという姿をさらしている落ちぶれた宗である!
と書かれている。



(ナイス!依憑集!
\(^^)/)


   (続く^^)


報恩抄愚釈87

(愚釈86の続き^^)

 ましてや、【不空三蔵】にいたっては、善無畏三蔵や金剛智三蔵が死去された後に、インドへ一旦 帰った際に、
【竜智菩薩(りゅうちぼさつ)】という人と会ったときに、
(竜智菩薩が不空に言ったことは)
「インドには仏意を明らかにした論釈が無い!
ただ、中国に【天台】という人の釈だけが 邪義なのか 正義なのか ということを明らかに選び取って分別されていて、
『偏』片寄った部分的な教えなのか それとも『円』全体観に立った教えなのか を明らかにされている【経文根本の人】である。
どうか、この天台という方の書物を、インドへ翻訳して渡してくれないか 」と、
『ねんごろに あつらへし 事を』
「くれぐれもよろしく!と(不空が竜智菩薩のほうから)たのまれた という事を」
不空の弟子である【含光(ごんこう)】という者が、【妙楽大師】に(こんなことがあった と)語った。
それを、妙楽大師は『記』法華文句記の『十』第十巻の『末』最後のほうに こう語られていた ということを、そのまま書き記された。
そして、【伝教大師】が、そのことをそのまま、(伝教大師の書物の)
【依憑集】のなかに、引用文として掲載して書き記された。
ということは、
法華経よりも大日経は劣っているとハッキリと認識把握されている伝教大師の御心が、ちゃんとここにあらわれています。
なので、
【釈迦如来】も、
【天台大師】も、
【妙楽大師】も、
【伝教大師】も、
【御心は一同に】共通して、
大日経なども含めた一切の諸々の経々の中に於(お)いて、
【法華経が最も勝れている!】という態度 姿勢 をハッキリ示しております!




(\(^^)/
ヨッシャ!ありがとう!)


   (続く^^)




点灯

7・3
峻厳なる七月三日

人間革命第1巻の『黎明(れいめい)』の章を読む。

この時 戸田先生45歳…
(僕も45歳…
なんなんでしょうか
この比べることすら おこがましい程の現実の境涯の違いは(超爆)
(-_-;)…
まぁ…自分らしく精一杯生きていきます。)

戸田先生は出獄後ご自宅へ帰られ 獄中で体得された不可思議な虚空会の儀式が そのままの姿で御本尊に厳然として認められてることを確認歓喜誓願される。


『心に、彼は はっきりとさけんだのである。
―――御本尊様、大聖人様、戸田が必ず広宣流布をいたします。
彼は、胸のなかに白熱の光りを放って、あかあかと燃えあがる炎を感じた。それは、なにものも消すことのできない、灯(ひ)であった。【いうなれば、彼の意志をこえていた。】広宣流布達成への、永遠に消えざる黎明(れいめい)の灯は、まさにこの時、戸田城聖の心中に点(とも)されたのである。』

と綴られてます。

仏意仏勅の妙道を歩み抜かれた御生涯。

六難九易の直道。

厳粛としか言いようがないです。

(・人・)





悩み

今日の聖教新聞の(3)面に、先生が山本伸一の名で
『我ら の 勝利 の 大道』51
という随筆を書いておられます。

そのなかで、

『折伏ができなくて悩む。
 その心それ自体が、
 仏の心である。
 仏の悩みである。』

と書かれています。

『仏の悩み』って物凄い表現やなぁ!と思いました。^^;

これってスゴくないですか!^^!

おんなじことで悩んでたら、おんなじ境涯ですやんか!
\(^o^)/

なんか知りませんけど嬉しくなりました。

ありがとうございます!
頑張ります^^/



報恩抄愚釈88

(愚釈87の続き^^)
(305頁3行目〜)

 また、真言宗の元祖という(ふうに真言宗の者たちに勝手に名前を利用されて、勝手に持ち上げられて、勝手に祭り上げられている)
【竜樹(りゅうじゅ)菩薩】の御心も
『かくのごとし』
(一切経の中で【法華経】が最も勝れていると自覚されておられます。)
\^^/

(竜樹の書かれた)
【大智度論(だいちどろん)】
を よくよく研鑽してみれば、このことは明らかにハッキリしております。

なのに、【不空】が(竜樹の論だと言って勝手に名前を利用して、誤った解釈の内容で間違った翻訳をしたものである)
【菩提心論(ぼだいしんろん)】
という書物に、(真言宗を正しいと勘違いしている方々は)みんなこの事に、(だまされて、たぶらかされて、どちらが正しくて、どちらが正しく無いのかハッキリせずに)迷わされて、惑わされているのであります。



(・∧・)
不空のアホ!
迷惑な奴やで!

(愚釈エピソード2へ続く^^)



愚釈89 エピソード2(1)

 即身成仏の法門について、
『竜樹菩薩の大智度論』

『不空三蔵の菩提心論』
とでは、
二人それぞれの主張している内容が、
大事なところで食い違っています。

この違いを大聖人は、御書の
『太田殿女房御返事』
(1005頁〜1008頁)
の中で、詳しく述べられています。
^^

「釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌・竜樹菩薩・天台・妙楽・伝教大師は【即身成仏】は【法華経に限る】と・をぼしめされて候ぞ、我が弟子等は此の事を・をもひ出に せさせ給へ。」
(1006頁)

と、三世十方の仏・菩薩の方々は、即身成仏の法門といえば法華経に限ってのことである と諸尊たちは認識把握されておられると、大聖人は見抜いておられます。
^^

そして大聖人は弟子の方々に対して、このことを忘れないでいて下さいね。
と 仰っておられます。
^^/



(続く^^)





エピソード2(2)

(※報恩抄脱線して申し訳ございません。
太田殿女房御返事の途中(1006頁)からの愚釈になりますので、皆様ご注意下さいませ。
こちらも、あくまでも愚釈です。
m(__)m)

「妙法蓮華経の五字の中に諸論師・諸人師の釈まちまちに候へども皆諸経の見を出でず、」
(釈尊が説いた)妙法蓮華経を、いろいろな論師や人師の方々が解釈を述べているけれども、皆ほとんどの方々は諸経(部分的な権(かり)の教え)の見方を脱していないまま解釈を述べている。

「但竜樹菩薩の大論と申す論に『譬えば大薬師の能(よ)く毒を以て薬と為すが如し』と申す釈こそ此の一字を心へさせ給いたりけるかと見へて候へ、」
但し、竜樹菩薩の著(あらわ)された大論(大智度論)(だいちどろん)という論釈のなかに、『譬えば大薬師の能(よ)く毒を以て薬と為すが如し』と述べておられる釈こそが、この(妙の)一字を心得て釈しておられると拝することができます。

「毒と申すは苦集(くじゅう)の二諦・生死の因果は毒の中の毒にて候ぞかし、」
毒というのは人生におけるあらゆる苦しみのことで、生死の問題・生命の問題を解決できないことが毒の中の毒ということであります。

「此の毒を生死即涅槃(しょうじそくねはん)・煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)となし候を妙の極とは申しけるなり、」
この問題を(凡夫の当体のままで)生死即涅槃・煩悩即菩提と解決することができる即身成仏の法門こそが妙の究極であると申されております。




(続く^^)



エピソード2(3)

(エピソード2(2)の続き^^)

「良薬と申すは毒の変じて薬となりけるを良薬とは申し候いけり、」
良薬というのは、その毒が変じて薬となることが(妙なる)良薬(の功力)だ と申されております。

「此の竜樹菩薩は大論と申す文の一百の巻に華厳・般若(はんにゃ)等は妙にあらず【法華経こそ妙にて候へ】と申す釈なり、」
この竜樹菩薩は、大論(大智度論)(だいちどろん)という著書100巻において、華厳経や般若経 等(などの諸々の経々)は妙ではなくて、(多くの弟子達が次から次から記別を受け成仏していき、竜女も即身成仏の実証を示し、また、未来の末法の令法久住広宣流布を どうしましょうか と宇宙中全ての方々が集まり、一大会議を開いて、じゃぁ 地涌が弘める法華経でいきましょう と全会一致で合議決定された)【法華経こそが妙である!】と申されている解釈であります。





(ほんまかよ!(爆)^^;
ちょっと盛(も)りすぎやろ(笑)
あーぁ もう 恐いわ(笑)^^
大事なとこでいっぱい引き合いに出してすいません(謝)
m(__)m

※われわれの立場から言えば、苦悩の多い人生・生活において、信仰していれば、その苦しみにより、いよいよ信心を強盛にしていけば、かえって大利益を得ていけるということでありますので、共々に負けない信心で頑張ってまいりましょう!


……フォローになったようなならないような^^;(汗))


(続く^^/)





エピソード2(4)

(愚釈エピ2(3)の続き^^)
(1006頁12行目〜)


「此の大論は竜樹菩薩の論・羅什(らじゅう)三蔵と申す人の漢土へわたして候なり、」
この大智度論(だいちどろん)というのは、(仏滅後700年頃に南インドに出現された)竜樹菩薩の著作の論釈であります。
それを羅什三蔵という人が(中国の言葉に翻訳して)中国へ渡らせました。

「天台大師は此の法門を御らむ(覧)あつて南北をば・せめさせ給いて候ぞ、」
天台大師は、この法門(竜樹の大智度論を羅什が翻訳した書物のなかで述べられている法華経に縁して釈尊の弟子達が即身成仏を遂げていく変毒為薬の道理)を、御覧になられて(学ばれ信じ悟られて)、南三北七を責(せ)められたのであります。




(^^南北…って、例の法雲法師らの南三北七に対して陳主が見守るなか公場対決で【法華経第一】を師子吼されたやつですな^^
懐かしっ!^^)



(続く^^)









エピソード2(5)

(2(4)の続き^^)
(1006頁14行目〜)


「而るを漢土唐の中(なかごろ)・日本弘仁已後の人人の※誤(あやまり)(※言偏の所が立心偏)の出来し候いける事は」
それなのに、中国の唐の時代の中頃の時期で・日本でいえば弘仁以降の時期から人々の(即身成仏の法門についての見解・認識の)誤り・間違い・誤解が出て来だした(原因となっている)事は、

「唐の第九・代宗皇帝の御宇不空三蔵と申す人の天竺(てんじく)より渡して候論あり菩提心論(ぼだいしんろん)と申す、」
唐の時代の第9代目の代宗皇帝の時代に、不空三蔵という人がインドから(中国へ)翻訳して渡らせてきた論釈があります。
『菩提心論』
というものです。

「此の論は竜樹の論となづけて候、」
この菩提心論は竜樹の説いた論だと(勝手に不空三蔵が竜樹の名前を利用して大事な箇所をデタラメな内容に翻訳しているにも関わらず、これは竜樹の論だと)名付けています。




(( ̄^ ̄)紛らわしいのでご注意下さい!
不空のあほんだら!)



(続く^^)



エピソード2(6)

(愚釈エピ2(5)の続き^^)
(1006頁15行目〜)


「此の論に云く『【唯】真言法の中にのみ即身成仏する故に是れ三摩地(まじ)の法を説く諸教の中に於て闕(かい)て書せず』と申す文あり、」
この論(不空三蔵が渡らせてきた『菩提心論』)のなかで、こう述べている箇所がある。
『【唯(ただ)】真言の法だけが即身成仏できるのだ。諸仏菩薩の密教の誓いがあるのだ。諸教の中には これが欠けていて書いてないのだ。』
と(デタラメなことを)述べている文章があります。

「此の釈に ば(誑)かされて弘法・慈覚・智証 等の法門は さんざんの事にては候なり、」
こう述べられている文章の内容に、騙されて、たぶらかされて、(この菩提心論を鵜呑みにして、誤魔化され、その流れをくんだ者である)弘法大師や慈覚大師や智証大師などの法門・教え・主張は、さんざんな事に、滅茶苦茶・ハチャメチャな事になってしまっている。



((`^`)むちゃくちゃなことを言うとるなぁ!…)



(続く^^)



エピソ2(7)

(エピソ2(6)の続き^^)
(1007頁1行目〜)

「但し大論は竜樹の論たる事は自他あらそう事なし、」
ただし、大論(大智度論)は竜樹菩薩が述べている論だ ということは自他(万人)揉め事なく、(皆、認めている事であります。)

「菩提心論は竜樹の論・不空の論と申すあらそい有り」
(一方、)菩提心論のほうは、
『これは竜樹の論である!』
いいや!
『不空の論である!』
といった、争い事・揉め事が起こっていると聞きます。

「此れはいかにも候へ・さてをき候ぬ、」
こういった言い争いが起こっているのは、『いかにも』という理由があるのですが、無意味な罵りあいは控えておきましょう。

「但不審なる事は大論の心ならば即身成仏は法華経に限るべし文と道理きわまれり、」
ただし、『不審なる』見過ごすことの出来ない引っ掛かりを覚える事は、
『大智度論』の言いぶんでは、即身成仏は【法華経に限る】と文証もしっかりしていて、(弟子達が続々と成仏していくことを綴っている内容的なことから言っても、)理証・道理・筋道がハッキリしていて極まっております。

「菩提心論が竜樹の論とは申すとも大論にそむいて真言の即身成仏を立つる上【唯】の一字は強(つよし)と見へて候、」
(一方、)『菩提心論』のほうは、(たとえ)『竜樹の書論だ!』 と主張してみたところで、『大智度論』で述べられている内容に『そむいて』『真言の即身成仏』を勝手に立てて主張しているではないか!
しかも、
【唯(ただ)】という一字を書いているのは、強調している訴えと見受けられるが、

「何(いずれ)の経文に依りて【唯】の一字をば置いて法華経をば破し候いけるぞ証文尋ぬべし、」
どの経文を根拠にして【唯】という一字を勝手に置いて強調して、(大智度論のほうではちゃんと妙の極だと賛嘆している)【法華経】に対して傷を付けるような発言をされるのか!
確たる根拠となる『証文』がなければ信用出来ないご主張であります!





(``/そうだそうだ!)


(続く^^)





エピ2(8)

(愚釈エピ2(7)の続き^^)
(1007頁5行目〜)

「竜樹菩薩の十住毘婆娑論(じゅうじゅうびばしゃろん)に云く『経に依らざる法門をば黒論』と云云自語相違あるべからず、」
竜樹菩薩自身が著された『十住毘婆娑論』という書物のなかで、竜樹自身が『経文に依らない法門は黒論(信用してはならない論)である。』と述べておられるくらいなので、自語相違なことは仰っていないはずである。

「大論の一百に云く『而も法華等の阿羅漢(あらかん)の授決作仏乃至譬えば大薬師 の能(よ)く毒を以て薬と為すが如し』等云云、此の釈こそ即身成仏の道理はかかれて候へ、」
竜樹菩薩が著された大論(大智度論)100巻のなかで
『それまで成仏しないと嫌われていた二乗たちが法華経へきて成仏したということは、譬えてみれば毒が変じて薬となったような出来事である。』と竜樹菩薩は述べられています。この釈にこそ、【即身成仏という(筋道の通った)道理】が書き記されております。

「但菩提心論と大論とは同じ竜樹大聖の論にて候が水火の異をば・いかんせんと見候に此れは竜樹の異説にはあらず【訳者の所為(そい)】なり、」
ただ、『菩提心論』も『大智度論』も共に偉大なる竜樹が述べている論釈だ!と訴えたとしても、(『菩提心論』のほうは、『真言が即身成仏の法門だ』と主張し、『大智度論』のほうは、『法華経が即身成仏の法門だ』と主張しているという)【水火】の関係で真逆の説を説いているのは『いかんせん』どういうことだ!と よくよく研鑽してみれば、これは、竜樹自身が法門の二説を説いているのではなくて、【訳者(不空)の間違った解釈だ!】




(\^^/さすが大聖人!見抜いておられます!)
(以前、報恩抄の299頁5行目で、天台も言ってたことがありました。
『一切衆生を悪道に導くこと人師のアヤマリによれり』と。)


(^^;僕も そうとうややこしい変わり者なので、厳重にご注意下さい
(笑えない笑い)
m(__;;;)m)




(続く^^)





愚釈エピソード2(9)

(エピ2(8)の続き^^)
(1007頁8行目〜)


「羅什(らじゅう)は舌やけず不空は舌やけぬ、」
(※羅什三蔵は自分が死んで、舌が焼けたら、わが訳経を捨てよといったが、その予言どおりに、舌のみ焼けなかった。とのことです。^^)

(∈☆☆☆☆☆)

羅什は死後舌が焼けなかった。
(一方、)不空は舌が焼けた。


「妄語はやけ実語はやけぬ事顕然(けんねん)なり、」
妄語(の不空)は(舌が)焼けて、実語(の羅什)は(舌が)焼けなかった。
という事(現証)がハッキリとしています。


「月支より漢土へ経論わたす人一百七十六人なり」
インドから中国へ経論を渡らせた人が176人いてます。


「其の中に羅什一人計(ばか)りこそ教主釈尊の経文に私の言入れぬ人にては候へ、」
その中で、羅什三蔵一人だけが教主釈尊の経文に対して自分勝手な私情を挟まずに、ストレートに釈尊の意向を渡らせた方です。


「一百七十五人の中・羅什より先後・一百六十四人は羅什の智をもつて知り候べし、羅什来らせ給いて前後一百六十四人がアヤマリも顕れ新訳の十一人がアヤマリも顕れ又こざかしくなりて候も羅什の故なり、」
175人のうち、(旧訳者)の164人は羅什の智慧と(比べてみれば、間違いか間違いじゃないのかを)知ることができます。
羅什という存在が出現して、それ以外の(旧訳者の)164人のアヤマリのところもハッキリして、新訳者の11人のアヤマリのところもハッキリしました。
又、(羅什以外の訳者が)ズル賢くなったのも、羅什という正しき訳者の存在があった故のことです。



(※^^いろいろ訳者の人数が、出てきますが、『撰時抄』(268頁13行目)には、『総(そう)じて月支より漢土に経論をわたす人・旧訳(くやく)・新訳に【一百八十六人】なり羅什三蔵一人を除(のぞ)いてはいづれの人人もアヤマらざるはなし、其の中に不空三蔵は殊(こと)にアヤマリ多き上(うえ)誑惑(おうわく)の心顕(あらわ)なり、』
と認(したた)められています。

186人とか176人とか訳者人数のバラツキがありますが、ここでの大聖人の主張は、多くの訳者がいてたが、羅什一人だけが正しき訳者である という意向が表に来ているので、僕も、細かい人数のズレにこだわらずに、『義に依って語に依らざれ』の意向を汲んで、羅什三蔵という素晴らしい訳者がおられたんだ。と、受け取らさせて頂きます。^^/)




(続く^^)





エピソード2(10)

 (羅什三蔵という訳者が登場して、前後の多くの訳者のアヤマリがハッキリしました。
また、羅什以後の訳者はズル賢くなってきました。
^^)


(愚釈エピソード2(9)の続き^^)
(1007頁12行目〜)


「此れ私の義にはあらず」
このように言っていることは、(いわゆる)『私(わたくし)の義(ぎ)』で言っているのではありませんよ。

(※なんと!大聖人様が、ここで『笑い』というか『ユーモア』というか、こう述べていること自体『私の義』じゃないですよとことわりをはさんで仰っておられます。^^
超貴重(笑)^^)






(続く^^)







エピソード2(11)

(続き^^)
(1007頁12行目〜)


「感通伝(かんずうでん)に云く『絶後光前(ぜつごこうぜん)』と云云、」
(なぜ私の義じゃないのかという理由は)感通伝(という書物)のなかで『絶後光前』と(羅什を称えて)述べられているからです。


「前を光らすと申すは後漢より後秦までの訳者、後を絶すと申すは羅什已後・善無畏・金剛智・不空等も羅什の智をうけ(受)て・すこしこざかしく候なり、」
(光前)前を光らすと述べられているのは、(羅什が出現するまでの)後漢の時代から後秦の時代まで(に出てきたいろんな)訳者(に対していわれていることであり)、
(絶後)後を絶やすと述べられているのは、羅什三蔵が出現してそれ以降の、善無畏や金剛智や不空などの訳者らも、皆、羅什三蔵という素晴らしい翻訳者の智慧を受けて、影響されて、すこしズル賢くなっているということです。


「感通伝に云く『已下の諸人並びに皆※マ(※人偏+ム+矢という漢字)つ事』」
【備考】
(※マつ という漢字を国語辞典で調べてみると、『待つ』という字と並べ立てて紹介されています。^^;
字義のなかで
『たよる』とか
『期待をよせる』とかの意味があるとも書かれています。^^)

感通伝には『已下の諸人(羅什以降の訳者人たち)はみんなマつ(羅什が翻訳するのを待っている)事である。』と述べられています。

(^^羅什がどういう翻訳をするのかうかがってましてんな(笑)
ほんで、『こざかしく』ってズル賢くって大聖人言われてますんな(笑)^^)





(続く^^)






エピソード2(12)

(続き^^)
(1007頁14行目〜)


「されば此の菩提心論の【唯】の文字は設(たと)い竜樹の論なりとも不空の【私の言】なり」
なので、この『菩提心論』のなかで記さている【唯(ただ)】という文字は、たとえ竜樹の論だと主張したとしても、(竜樹の言葉ではなくて)【不空が勝手に書き換えた私の言葉だ!】


「何(いか)に況(いわん)や次下に『諸教の中に於(おい)て闕(か)いて書せず』と・かかれて候・存外のあやまりなり。」
さらに突っ込んでいえば(この菩提心論の【唯】の文字が添えてある次の文章には)
『諸教の中において闕(か)いて書せず』と(間違った解釈を)書き記しているではないか!
【備考】
(『闕(か)いて』とは国語辞典で調べたら『欠(か)けて』という意味合いとのことです。^^)

(^^欠けて
って言葉は多くの釈尊の弟子達が成仏を遂げていく内容が綴られている法華経を理解していない証拠であり、爾前の教えの『真言』のほうに根拠のない【唯(ただ)】という文字を当ててることもとんでもない間違いですな(怒)^^#)

もってのほかのアヤマリだ!

(『存外』って大聖人が仰っています。普通のアヤマリのレベルじゃないということですな^^
そら、本筋っていうか大綱っていうか釈尊の意向の大事なところの、諸教は権(かり)の教えで、法華経が実(じつ)の教えという根幹をたぶらかす不空の造り言葉なので、大聖人も特にお怒りになってるんだと思いますわ。^^#
だから、『存外』ってむちゃくちゃさを嘆かれて、もってのほかのアヤマリだ!と仰ってるんだと思います。^^#)

不空のアホ!(笑)^^






(続く^^)





エピソード2(13)

 報恩抄の途中で、
『竜樹の大智度論』

『不空の菩提心論』
とでは即身成仏についての見解が違うということで、御書で調べてみたら『太田殿女房御返事』という御書に詳しく書かれていたので引用学習愚釈してましたが、
この御書の最後のほう(1008頁6行目〜)にはこう書かれています。

「外典三千余巻は政当(せいどう)の相違せるに依つて代は濁ると明(あか)す、
内典五千・七千余巻は仏法の僻見に依つて代濁るべしと あかされて候、」

(外典の3000余りの書物には、政治の乱れにより世の中が濁(にご)ると明かされていて、
内典(仏教)5000〜7000余りの書物には仏法の間違った歪んだ見解によって世の中が濁ると明かされている)

「今の代は外典にも相違し内典にも違背せるかのゆへにこの大科一国に起りて已に亡国とならむとし候か、不便不便。」

(今の世の中は、外典にも内典にも背いているので、この乱れが一国全体に影響を及ぼして、この濁りのために国が亡んでしまうんじゃないだろうか…ふびんなことだ。ふびんなことだ。)

と国の行く末を嘆かれて、警鐘を鳴らされております。

(※現実に昭和20年に敗戦亡国の現証が出てしまいました。
同じ轍は踏みたくないです!)

(愚釈エピソード2終わり。)



(報恩抄愚釈へ続く^^)



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